CHAPTER0「グランド、ゼロ」その7

痛撃からあっという間に立ち直ったドラゴンがお返しとばかりに左の翼を振るう。
「ぐはっ」
空中では回避のしようもなかったハヤテが背中に食らい、吹き飛ばされる。
エラく鈍い音がしてコンクリートの床に叩きつけられたが、受身ってやつだろうか、回転して衝撃を受け流しながらドラゴンの射程距離から離れて俺のすぐ斜め後ろへ転がってきた。
それを見ていたのは俺としてはほんの短い間のつもりだったが、ドラゴンにとっては十分な隙だったらしい。素早く踏み込んだドラゴンの、冗談みたいなサイズの牙が襲い掛かってくる。
やばいやばいやばい。
必死で体をひねる。
間に合わな…。
―パグシャ。


(経験者として言っとくが、ドラゴンに自分の体を齧り取られる…なんて経験は、しないで済むならそれに越したことはないぜ?)


一瞬、体のバランスが急におかしくなった、としか思わなかったが、その感覚にちょっとだけ遅れてびしゃあっと血が噴出してきた。
脇腹ガブリと持ってかれたかのかよ! 畜生!
体全体が風邪で熱があるときのように視界がぼやけてぼうっとした感覚になる。
このままじゃまずいと必死にメディカを震える手で探って飲み干す。
途端に目の前がはっきりと見え、意識がクリアになる。
すげえ効き目。
…やべえ成分入ってなきゃいいが。


3人のうち2人がまともに攻撃を食らったせいで、残ったムラサメひとりが標的になった。
俺を食い千切ったときのようにムラサメに牙を剥くドラゴン。
そこはさすがムラサメと言うべきか、あんな細い刀一本で巧みにドラゴンの頭を打ち払い、わずかに肩を掠めさせただけだ。
そのままバックステップで後退しドラゴンとの距離を取り、俺とハヤテを背中に庇うような位置になる。


だがそれが間違いだった。
ドラゴンはちょうど一塊になった俺たちめがけて大きく息を吸ったかと思うと、カッと開いた顎から灼熱の炎の塊を吐き出した!
刹那、部屋全体が赤とオレンジで染まり、皆の手が髪が顔が目が耳が皮膚が肺が肉が骨が、焼き尽くされていく!


ドラゴンの吐く炎が純粋な物理現象とは性格の違うものだったことが幸いした。
一瞬で吐き出された炎は、俺たちを消し炭に変える前に、出現したときと同じように一瞬で消え去った。
炎で焼かれたものはそのまま残ったし、部屋のあちこちに小さく残っている火もあったが、地獄のような炎の海は嘘のように消え去っていた。
俺たちを完全に消し炭に変える前に。
もちろん全員がコゲコゲのチリチリだったが、死ななかった。


ムラサメがヒールエアロを使ったんだろう。
思い出したくもない有様になっていた自分の体があっという間に綺麗に元に戻っていく。
同時に頭が働き始める。
もう一回同じのを食らいたくなかったら、さっさとケリつけるしかねえ!