CHAPTER0「グランド、ゼロ」その8

こりゃ長引くと死ぬな。
どうせこれで選抜試験とかも終わりなんだし出し惜しみしてる場合じゃない。
大技で畳み掛けるところだろ。
という俺の意見に2人とも賛成。
じゃ、行こうか!


的を絞らせないために左右に分かれムラサメとハヤテの2人が飛び出していく。
ドラゴンはムラサメをまず狙うことにしたらしく、俺にしたようにムラサメをその牙の餌食にしようと頭を向ける。
だが、ムラサメの速さを見誤ったのが間違いのもと。
ドラゴンの顎が閉じ合わさるより僅かに早くムラサメが跳ぶ。
たぶんドラゴンはムラサメを仕留めたと思ったんだろう。
「ハアアアッ!」
裂帛の気合い声を放ち、天井すれすれの位置から大上段に振りかぶった刀ごとドラゴンの首筋目がけ一直線。  
己の身を守るように持ち上げられた翼がドラゴンの体を覆い隠したが、ムラサメの一刀はその翼をほとんど真っ二つに切り落とした。
これには堪りかねたか、悲鳴をあげてドラゴンがたたらを踏む。


この隙を見逃すようなハヤテじゃない。
ドラゴンの体の中央部分…人間で言うなら正中線
測ったようにぴたりと位置取る。
流れるような動きで少し腰を落として左手を前に、右手を握り脇の下に、身構える。
一瞬の静止。
「フウッ!」
呼気と共にゾッとするような重く鈍い音が轟く。
剛拳炸裂。
単純な見た目の大きさだけで言ってもハヤテの軽く十数倍はありそうな巨体が、拳に込められたパワーに屈して後ろへと倒れこんでいく。
ドラゴンの体のつくりがどうなってるのかは知らんが、人間で言やあ腹のド真ん中にとっておきの一撃ブチかまされたようなもんだ。


さて、最後は俺だ。
さっきの様子だと火が効かないってワケじゃねえみたいだからな。
もっと大きな火を呼び出すべくパワーを掻き集める。
俺もここまで大きな火を呼ぶのは初めてだが…。
まあ、いいや。
過度の精神集中で頭にズキズキと痛み出す。
体の末端から肉体の感覚が消えていき、視界が暗く狭まり色を失っていく。
灰色のドラゴンだけが見える世界。
へっ、食ったらマズそうだがこんがり上手に焼いてやる!
「燃えろ」
ドラゴンが炎に飲み込まれた。


「っっ! はあ、はあ。これでどうだよ!?」
ふらつく体を必死に支えながら根性で声を出す。
倒れるなんてみっともない真似ができるかっての。
よく見えないし聞こえない。
今噛みつかれたら死ねるな俺。
なんて考えていたらぐわんぐわん鳴っていた耳がようやく意味のある音を拾う。
「安心しろ。どうやら、止めになったらしい」
「うわあ。グロいねー」
顔をあげてみると、ぶすぶすと煙を上げて横たわるドラゴンの体が目に入った。
はああああ。


ん?
なんだこの「Dz」ってのは?
Azと表示される欄が違うとこ見ると何か特別な意味があるんだろか。


「おう。やったな! あくまで新人レベルだが、ムラクモの一員として十分な力はあるみたいじゃねえか」
「うんうん。やるもんだね」
ガトウとナガレが一仕事終えた清々しいオトコの顔で講釈を垂れる。
何もしなかったくせに偉そうに。
納得いかねえ。
「仕方無えだろ。俺たちゃNPCなんだからよ」
「期待されても困るなあ」
HAHAHA…と明るい笑顔。
顔面に穴が開くほど睨みつけてくる俺の視線に耐えかねたのか、わざとらしく話題を変える。
「ここはいいが、こんなマモノが他にもいるとまずい。俺たちは他の階を見てくるから、お前たちはその先のエレベーターで屋上まで上がれ。他の候補者たちはそこに居るはずだ」
一方的に言ってさっさと階段を上がっていくガトウとナガレ。
…逃げやがったな。


「どうするこれ。最悪だよ」
「むう。困るな…」
なんだ?
そういや2人ともどこ行った?
声はすれども姿は見えず。
どうやら曲がり角の向こうにいるらしい。
何やってんだ。
…おお!
そうか、D1のファイアブレスで焼かれたときに。
「あっ。こっち見るな、ばか!」
「むっ」
ドラゴンの放った火はあと一歩で俺たちを殺すほどの威力だった。
都庁に入る前に俺たち候補生に支給された防護服のほうは焦げ付きながらも原型を留めてたが、その下に着ていたごく普通の私服が耐えられるモンじゃない。
ラクモ印の医薬品も体は治せても服を再生するような奇跡までは起こせないらしい。
結論。
防護服以外の部分は肌色です。
いいものを見せてもらった。
何というか、こう、いいよな! 部分的に見える方が! 裸よりも!
「水着のほうが露出多いだろうが!」
「そういう問題じゃないよっ」
「短い付き合いだったな…墓には何と刻んでほしい…?」
「待て。オーケー。わかった。話し合おう。ムラクモか自衛隊に着替え貰ってきてやる」


数分後。
俺が調達してきた迷彩服を着込んだ2人が戻ってきた。
手にはほとんど燃えカスになったそれぞれの服を持っている。
「捨ててこいよそんなの」
という至極当たり前な俺の意見は無視された。
なんでだよ。


思わぬ寄り道だったがこれで終わりだ。
明るい気分で屋上へ向かうエレベーターに乗り込む。