CHAPTER0「グランド、ゼロ」その9

エレベーターはすぐに見つかった。
乗り込んで屋上階のボタンを押す。

「これで試験は終わりだな。2人ともありがとな。おかげで無事に終わったよ」
「こちらこそ。最後にあんな大物が待ちうけていたとは思わなかったが」
「ふふふ。ピートもムラサメも強かったよ。チーム組めて良かったよ」
3人とも解放感と安堵感からか、自然と口数が増える。
「しかし、ドラゴンとはなあ。いや、正確にはアレ、ワイバーンてやつか?」
「そのふたつは何か違うのか?」
「前足が有るか無いかってところだな。ワイバーンには前足がない。代わりに尻尾にサソリみたく毒針がある…ということになってたと思う」
「詳しいんだね。でも、さっきのやつの尻尾には毒針は無かったよ」
「そうだな。俺だって詳しいことは知らないさ。伝説でそうなってるだけの話だ」
おっと。そろそろ着くな。


扉が開いたのと同時に、悲鳴と怒号、それに加えてついさっきまで聞いていた咆哮が聞こえてきた。
もうひとつ、嗅ぎ慣れない妙な匂いがねっとりと気色悪く漂ってくる。
嗅いだ覚えの無いなんだか不愉快な匂いだ。
あ、いや、思い出した、俺この匂い覚えてる。
鉄棒で思いっきり回ったあとに手のひらが赤黒くなって、何だこりゃと思って匂いを嗅いだことがあったっけ。
その時の匂いに似てるような……。


「ピート!」
ムラサメの声にハッと我に返る。
そうだ、ボケッと考え事してる場合じゃない。
「2人とも! あれ!」
ハヤテの指さす方をみると、子供が癇癪を起こしてオモチャを放り投げたみたいに、気味悪く捩じれたり欠けたりした人間や人間の一部がそこらじゅうに散らばっていた。


そのさらに奥にはついさっき俺たちが3人がかりで倒したはずのドラゴンの姿がある。
俺がその姿を見たのとほぼ同時に、そのドラゴンが、ムラクモの防護服を着た誰かを薙ぎ倒した。
ドチャ、ともグチャ、とも微妙に違う音をあげて転がり、それっきり動かなくなる。
待てよ。
このへんに散らばってんの……。
ってことは水たまりに見えたのは全部が血ってことかよ、おい、頼むよ。
ようやくこの匂いの理由が理解できた俺の口の中に、腹の奥から酸っぱい塊がこみあげてくる。


だが吐き戻している暇もなかった。
ドラゴンがこっちに気付いたからだ。
反射的にエレベーターを見る。
だめだ、下に降りてる。
2人はまだ固まったままだ。
戦うどころじゃない。
でも逃げられない。
クソ。
クソクソクソ。


パニックを起こしかけた俺にドラゴンの足音が聞こえた。
こっちに体の向きを変えて近づいてこようとしている。
その足が候補生の一人をなんでもなさそうに簡単に踏み潰した。
それで切れた。
今になって冷静に考えてみるとその有様が数分後の自分の末路だと思って、土壇場に追い詰められてブチ切れたんじゃないかと思うが、とにかく、金縛りになっていた頭と体がその瞬間に生き返ったのは確かだ。


ムラサメとハヤテの頬げたを張り飛ばす。
「あうっ!?」
「ひゃっ!?」
「おい。アレと同じのはさっき倒したろ。勝てる。カタキ取るぞ」
2人の顔に生気が戻る。
同時に強烈な戦意と火のような怒りが湧き上がってきたのも見える。
「行くぞっ!」